フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 フルトヴェングラー 帝国放送局(RRG) アーカイヴ 1939-45 |
本作はフルトヴェングラーの戦時中のベルリン・フィルとの録音を、現存すると思われるものすべてを収録した画期的なボックス。リリースはベルリン・フィルハーモニーの自主レーベルからです。
フルトヴェングラーのファンの間では、「フルトヴェングラーの全盛期は戦時中」というのが一般的です。戦時中という極度の緊張感がそうさせたのか、フルトヴェングラーの年齢がちょうどそうさせたのかは分かりませんが。
しかし戦時中のラジオ放送用に録音されたテープは、戦勝国であるソ連に持ち去られました。
それがソ連のメロディア(およびフランス)の海賊盤で世に出たのが60年代。以後アナログ・レコード、CDとメジャー・レーベルや独立系レーベルから幾度もリリースされてきました。
ただそれが“フルトヴェングラー初心者”には非常に分かりにくく、「どのCDを聴けばいいのか?」、「どこまで集めればいいのか?」とクラシック・ファンでさえとっつきにくく思われたのでした。
しかし、このSACD22枚ボックスのおかげで、その悩みから解放されました。
ソ連に押収されたテープは1987年と1991年にドイツに返還されており、今回はそれらのオリジナル・テープも使用されたのです。それも現存すると思われるすべてのテープから、というのですから、これでフルトヴェングラーの残した戦時中録音の全体を俯瞰できるようになったのです。
加えてSACDハイブリッドという高音質フォーマットでのリリースというのですから、たとえCDであっても価値のある企画が、永遠的な価値を持ったと思います。
収録されているのは1939年から1945年。場所はベルリン・フィルの本拠地である旧フィルハーモニーや放送局ビルなどでおこなわれましたが、1944年1月に旧フィルハーモニーが空襲で破壊された後は、会場をあちこちにうつしての演奏会(録音)。
最後のディスク22に収録されるのは、1945年1月、アドミラル劇場でのラスト・コンサート。夜は空襲があるので昼間におこなわれ、それも停電事故がありプログラムのモーツァルト:交響曲第40番は途中で中止。かろうじてブラームスの交響曲第1番のみを演奏。
録音はその第4楽章のみがおこなわれました。マニアが熱く語る、この「もう、これまで」となった最後の演奏もちゃんと収録されております。
他にも“極限状態の演奏”と熱く語られるベートーヴェンの交響曲第4番(聴衆ありと聴衆なし、の2つ)、交響曲第5番〈運命〉も当然入っており、「ははあ、先輩フルヴェン・ファンの方々が語っておられたのはこれか」と、さっそく聴いてみたのでした。
ちなみに解説書には、各録音の日付、場所はもちろん、音源がシュラック盤かオープンリール・テープか。テープならコピーかオリジナルか。1987年の返還テープか、1991年の返還テープかと丁寧に書かれております。また録音はされていないながらも、当時コンサートで演奏された曲目も併記してあり、資料としても丁寧な記載です。
さて、SACDの音質ですが、まだ全ディスクを聴いていないので、聴いた限りでのレビューとなります(後日追加がある場合は明記します)。また戦時中の音源を聴くのは、「合唱」を除いて今回が初めてなので、これまでのリリースとの音質比較もできませんので、ご了承ください。
とりあえず聴いた感じでは、モノラル(それも戦時中のモノラル)ながらも伸びの確保された音質に思えました。昔レコードで聴いていたような頭を押さえられるような音ではないので、どれも鑑賞として聴けました。
一番古い録音である、ディスク1のシェラック盤からのフルトヴェングラー作曲「ピアノとオーケストラのための交響的協奏曲」でさえ、こもった音ではあるものの、音楽に集中できます(初めて聴きましたが、いい曲ですねえ、これ)。
先ほど書いたベートーヴェンの交響曲第4番や第5番〈運命〉(43年録音)になると、芯がしっかりしてぐっと前に出てくる感じです。さらにSACDであるからでしょうか、音にキンキンしたところがなく、サラサラとした音肌(アナログ風)が耳に伝わってきます。ここでも昔のモノラルに抱いていたイメージを変える感想となりました。
こういう音を聞くと、古いテープの音源はSACD(DSD)にして聴くと結構オリジナルを伝えるのではないかと思ってしまいます。
話がそれました。
あと、1987年返還テープか、1991年返還テープか、トラックにまで及んで詳しく載っているので、両テープの音質の差も面白いところです。もちろん曲によって質はかなり違いますが、総じて1991年返還テープの方がいい感じの音が多いかと思います。
中にはベートーヴェンの交響曲第4番(聴衆あり)のように第2楽章だけが1991年返還テープで、他楽章が1987年返還テープという組み合わせもあります。
しかし、ここでも1991年返還テープの第2楽章の伸びの良さが他と違って好みでした。ヒスノイズも気にならないくらい、クリア感が漂います。ちなみに1987年返還テープには“モスクワ放送のコピー”もあり、このあたりの事情もマニアには詳しく語られるところです。
あと1942年録音のベートーヴェンの交響曲第9番〈合唱〉。ダイナミックレンジの大きい、フォルテでは音が潰れ気味、頭打ちになるのはこの時代の録音の常ですが、第4楽章の4人のソリストだけが歌うダイナミックレンジの小さい部分は、音が綺麗に録れていると思います。モノラルの狭めの音場(それでもいい感じ)ですが、そこだけスーッとフィルハーモニーの空間が突き抜けるてくるように感じるのです。まるで戦前のフィルハーモニーのステージが目に映るよう。
もちろん音が頭打ちになる、オーケストラのフォルテ部分も、そういう気持ちで聴くからでしょうか、全然鑑賞をしらけさせるものではなく、むしろ演奏者の熱い思いが凝縮されているように感じるのですから、それも気にならないのです。まあそう構えていられるのもSACDの音質であるからかもしれません(多分そうでしょう)。
以上、ここまで聴いてきた数枚のディスクからレビューを書かせてもらいました。それでもこれらが噂に聞くとおり、フルトヴェングラーの絶頂期の演奏であることは、十分に感じました。戦後のEMIに残した演奏とはやはり違うものに包まれております。SACDであることさえ忘れて、まだ聴いていないディスクを聞いてみたくなるのでした。
2019年3月5日