五輪真弓 恋人よ(アナログレコード) |
文・牧野良幸
ステレオサウンド(Stereo Sound)が五輪真弓の『恋人よ』をアナログレコードで復刻した。
ステレオサウンドは今年1月に同作をSACDハイブリッド(レビュー)で発売したばかりであるが、今回はSACDハイブリッドのために製作された音源ではなく、ソニー・ミュージックの許諾を受けて、オリジナル・アナログ・マスターテープを独立系スタジオに持ち込んでLPを製作した。
オリジナル・アナログ・マスターテープを持ち込んだのは東京、池袋のSTUDIO Dede。エンジニアは松下真也氏である。松下氏はヴィンテージ機器もレストアして使用するほどアナログ機器に精通しているエンジニアだ。
マスターテープはカッティングに際して繰り返し再生する必要があるので、まずデュプリケーション(コピー)を作成した。機器は再生側も受け側もテレフンケンM21、アンプには松下氏がレストアしたヴィンテージ・アンペックス。
オリジナルのマスターテープにはドルビーAノイズリダクションがかけられていたので、松下氏はドルビーの最初期のユニット「A301」を探し出して使用した。松下氏によれば「A301」は後年のドルビーユニットよりも断然音がいいのだそうだ。
次はカッティングであるが、それも興味深い。カッティングに使用されたのは米国スカリー製カッティングマシン。そして米国ウェストレック製のカッターヘッド。これはアナログ再ブームの今日、西独ノイマン製が多い中で異色、かつ貴重である。
松下氏がこれらの機器にこだわるのは、尊敬するルディ・ヴァン・ゲルダーや現役の名エンジニア、バーニー・グランドマンが使っているからだ。つまり往年のアメリカン・サウンドが再現できる。
松下氏によるとその美点は「音が太くしっかりしていて、空気感が豊かで音の毛羽立った感じがうまく表現できる」ところにあるという。
レコードを聴いてみると、五輪真弓のヴォーカルがベタつかずあらわれた。バックのサウンドと混濁しないクリアさだ。
松下氏は制作にあたりオリジナル・マスターとファースト・プレスのLPを聴き比べて、重心が低く、実在感のあるオリジナルマスターの音をいかしながら、音抜けがよくヴォーカルが前に張り出すように望んだというが、レコードにはまさにその音が刻み込まれたと思う。
音抜けの良さはヴォーカルだけではない、楽器音同士でも音抜けがいいから描き分けがクリア。それぞれ彫りが深く弾力性のある音に思える。この音肌が、スカリー製カッティングマシンとウェストレック製カッターヘッドの効果であろうか。よくUS盤で感じていた音につうじる印象だ。
とは言ってもピアノ伴奏からオーケストラにいたるまで澄んだ音なので、空間は心地よい。筆者のシステムはガラード301にオルトフォンのSPU#1Eであるが、リスナーによっては愛用のシステムでさらに追い込めるだろう。
それにしても『恋人よ』はステレオサウンド製SACDハイブリッド盤もよく聴き、続けてアナログレコードで聴いたが、全く飽きないアルバムだ。全10曲が本当に良い曲だと思う。2曲を除いて8曲がフランス録音。全曲フランスでのミキシングという本作。それを新たに光をあてるべくアメリカ製機器でカッティングした。このレコードを聴く楽しさは尽きない。
2020年4月21日